|
|
|
|
|
現在は明るく開けた景色であるが、かつては森や林に覆われていたのでわ?今の公民館あたりに樹齢数百年のケヤキやその他の大木があったたらしい。そこで黒森の名称が付いたようです。
|
小尾番所
武田氏が納めていた頃、信州に通ずる軍用道路として「番所」という関所が主要街道沿いに置かれていました。このルート「信州棒道」は韮崎から須玉町にある百観音で辺見街道を別れ小尾街道になります。小尾村から最終集落の黒森を通り信州に入る交通路でした。馬場・岩下・根古屋・小尾に番所が点在、中でも黒森の小尾番所は信州から入ってくる最初の番所として重要でした。
番所の特徴として大きな岩を片側に配し、そこに門をつけ道をふさぐ格好で往来人をチェック。黒森にはこの小尾番所跡が残っておりその大きな岩が当時を偲ばせられます。中央に武田菱が刻まれています。番所の役人の住居跡もうかがい知れます。
|
サイクガエリ
信玄公時代甲金のために金の採掘が盛んであり、山向こうの金山には最盛期数千人もの人が工夫として働いていました。廃坑後工夫たちはそれぞれ四散したが、多くは黒森の手前にある集落和田に永住した、といわれている。「採鉱帰り」から「サイクガエリ」という地名があった。
神部(かんべ)神社
浦安の舞 5月3日 毎年増富小5・6年生が舞手となります。
|
 |
海抜1200mの高地。南西にあけているので日差しは良好。そのため1日の日較差が大きい、朝夕涼しく日中強い日差しが作物に良い条件を与えている。湿度も少なく高原野菜にはうってつけの土地柄を持つ。
世界有数といわれるラジウム含有量を誇り、古くは信玄のかくし湯、現在は湯治場として親しまれています。
|
|
|
|
かつては農耕の手助けや荷物の運搬役として馬を飼っていました。さらに子馬を増やしそれを売って現金収入をはかれる財産でした。神戸(今の増富中校庭)に種付け場があったそうです。生まれた子馬を「とうね」と呼び、大切にされました。8月1〜3日まで馬市が種付け所で開催。当時300頭あまりの子馬がせりにかけられそれぞれの買主に引き取られる。買主は近郷から長野・埼玉からも集まってきました。地元の人にとって貴重な現金が入るので、家中でご馳走を持って出かけ子馬の晴れ舞台を祝したものです。露店なども20〜30店並びにぎやかな馬市でした。その後馬に代わって牛も飼われ、乳牛として育てらました。
|

これも貴重な収入源で80%近くを炭焼きで稼ぎます。くじ引きでそれぞれの伐採範囲が決まる(場所による不公平がないように)窯の大きさは腕の良い人だと4x6尺。1日あたり15kg俵が6〜7俵取れるそうです。早朝、弁当と俵・縄などを背負って炭焼き窯まで1〜2時間は歩く。前日灰に入れた炭を掘り出し炭俵にします。次に窯入れする原木を所定のサイズにカット。ここまででお昼になり、弁当をほうばる。午後は窯出し、高熱の炭を引っ張り出し、灰をかける。すぐに午前中用意した木を窯の中に縦に積み上げます。こうして1日が終わり、炭俵3俵を背負って山道を下る。俵を編むのは子ども達の仕事で放課後せっせと編む。あったをいまでも自家用に焼く小さな釜があります。
|

やはり養蚕は大きい収入源でした。1970年(昭和45年)ごろまで盛んに行われ、年4回換金できるので貴重な収入源でした。

かつて商店は下の比志に「ききょうや」さんという商店が1軒あり、自転車で荷物を運搬して行商していました。昭和34年集落の中に「金峰屋(きんぽうや)」さんが店を出し、日用品を取り扱うようになりました。現在は移動販売車が定期的に訪問、重宝しています。もちろん韮崎方面に勤務している方は途中で買い物をしています。
|
|
|
|
|
女性達(民宿かませの女将さん・黒森鉱泉の女将さん・金峰屋の奥さん・藤原さんの4人構成 平日2人・土日3人・GWなど特別時4人1994スタート創業時には八巻のおばあちゃんがいたが高齢で今は引退。そばで有名な奥籐のご主人に打ち方や汁の作り方を教わる。鳥もつもなかなか美味しい。
|

春先の貴重な食料として皆が利用 フキ・ワラビ・ウド・ぎぼうし・ぜんまい など塩付けや乾燥などで冬場の食料として確保。全員が山菜採りの名人級。

|

五郎舎の藤原五郎さん・大熊荘の大柴さん 現在狩猟免許を持っているのが黒森では5人います。増富では15人ぐらいいま
す。昔は冬場の貴重な蛋白源として、また毛皮も売れるので、多くの人が狩猟に参加していました。狩猟はチームワークが大切なので、しとめた獲物は皆で分け合います。
近年、猟期中(11/15〜2/15)「山の幸を得る」狩猟をしています。
|
|
|
|
|
|
|
動物の種類
ツキノワグマ・ホンジカ・カモシカ・リス・イタチ・テン・オコジョ・タヌキ・キツネ・ハクビシン・ミンク・イノシシ・サルなどほとんどの動物がいます。
|
鳥
ヤマドリ・キジ・カッコウの仲間全部(カッコウ・ホトトギス・ジュイチ・ツツドリ)トラツグミ・オオルリ・キビタキ・水辺が多いのでキセキレイ(特にランドの周りにいつもいる)などなどこちらも宝庫です。
カラスは比較的少なく、悪さをするのはキジバト(蒔いた豆を食べてしまう)
魚
ヤマメ・イワナ
|
|
|
|
|
|
黒森鉱泉
藤原富太郎 信州峠に向かう山腹にある静かな鉱泉宿、かつては黒森の共同鉱泉でしたが鉱泉の権利を買い、鉱泉宿としてスタート。現在3代目、ちなみに2代目の女将さんはそば処メンバーです。秘境の鉱泉として有名になる。今でも薪で五右衛門風呂を沸かしています。温泉の質は素晴らしく、ラジウム鉱泉で、特に飲用はのどを良くすることで有名。不透明でさらっとした源泉は黒森の人々にとって自慢すべき温泉です。五右衛門風呂なので大きくありませんが、薪の香り、山中にひっそり佇む様は歴史を感じさせます。
1泊2日¥7,000〜
入浴のみ¥500
TEL0551-45-0331
|
五郎舎
ブームでピーク時には10軒ほど民宿があった。五郎舎さんはユニークで吹奏楽部などの夏合宿所として利用される。(みずがきゼミナールの看板が当時をのばせる)当時ブラバンの練習する音が良く聞こえたそうです。当時の練習場に新しく建てたのが今の建物。新築ですが昔の民家を再現、美しい梁組をみせ、落ち着いた古民家風、囲炉裏もあります。
1泊2食 ¥7,200〜
TEL0551-45-0330 |
大熊荘
ご主人の大柴さんは林業や猟師を行っています。そのため地元の食材を使った山の幸が並びます。時には珍しい山の幸(狩猟で入手できた鹿)も注文でき、山里ならではの文化に触れられます。
TEL0551-45-0341
民宿かませ
現在2代目のご夫婦が育児中なので休業中です。かつてこの集落で唯一トラックを所有し、運送業を行っていました。でこぼこ道を韮崎まで1日がかりで往復、貴重な日常生活品を運んでくれました。黒森の方は下るよりも峠を越えた川上村との交流がさかんでした。
|